3104丁目のオタク小屋

ゲーム。プラモ。アニメ。マンガ。たまにその他。役に立たない1000文字系短文駄文ですヨ。この世を燃やしたって一番ダメな駄文は残るですヨ!!

【映画日記】『ブレードランナー2049』観て来たマン。

久々の更新です。珍しく映画の話です。

久しぶりに映画を、『ブレードランナー2049』を観てきました。…2回目ですけど。f:id:Wacky244:20171115000029j:imageSF映画史上に燦然と輝く神話的傑作『ブレードランナー』の続編ということで「アレの続編とか大丈夫…?」的に割と覚悟して観に行ったのですがマジ杞憂でした。マジ傑作でした。ウチの愛したあの『ブレードランナー』の完璧な続編がそこにはありました。マジブラボーです。

ウチはそんなに映画を観る方じゃないし全然詳しくもないんですけど、それでも『ブレードランナー』はめちゃんこ大好きな作品なんですよね。さすがに1982年リアルタイム鑑賞組じゃないですが学生時代に再上映された時は劇場までダッシュで観に行きましたし、ビデオは『上映版』『完全版』『ディレクターズカット版』をゲッツ&リピート、原作の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』も(一応)読みました…内容はほとんど覚えてないですけど。

てな感じで当時『ブレラン』を視た人の殆どがそうだったみたいにウチも酸性雨降り注ぐ陰鬱な未来都市のビジュアルとそこで繰り広げられるヒリヒリするような物語にノックアウトされたクチで、今でも「一番好きな映画は?」と聴かれれば『ブレードランナー』と即答しちゃう…前作『ブレードランナー』はウチにとってそんなスペシャルな映画だったワケです。

そんな『ブレラン』の魅力はどこにあるのか? メビウスから生まれた世界観&シド・ミードのデザインよる強烈なアートワーク、酸性雨の中を飛び交うスピナー、「2つで十分ですよ!!」、ハードボイルドな物語…色々あると思いますが、ウチが一番惹かれたのはルトガー・ハウアー演じるレプリカントリーダー、ロイ・バッティの存在とあの美しいラストシーンなんですよね。もうね、あのシーンだけでね、ウチは今でもグッときちゃうんですよ。

人より優れた存在故に「4年の寿命」という過酷な制限をかけられ、奴隷のように管理、廃棄されるレプリカントの怒りと悲しみ。その運命から逃れようとするもついには敵わなかったロイの絶望。その絶望と怒りから自らを狩る「ブレードランナー」のデッカードを逆に追い詰めていくロイ。

そしてラスト。追い詰められ屋上からぶら下がり落下寸前のデッカードを見下ろすロイ。力尽きたデッカードが手を離し落下した次の瞬間、ロイは彼の手を掴み助けあげる。茫然とするデッカードに対し、ロイはまるで独り言のように「…moments will be lost in time, like tears in rain. Time to die…」と呟き、降りしきる雨の中静かに活動を停止していく…

あまりに有名なシーンですが、やっぱウチにとってもここのシーンがホントにタマランのですよ。自らの運命に絶望し、怒りに駆られるままデッカードを殺そうとしたロイが最後の最後の瞬間に彼を助ける。その行動は、雨の中の涙のようにただ消えていくだけの自分にも残せるモノがある、それが目の前で消えつつあるデッカードの命であり、その命を助けたことにより「何を未来に残し繋げていくのか?」こそが人間にとって大切なことである…という境地にレプリカントである彼が達した瞬間だったと思うんですよね。もちろんこの解釈はウチが勝手に思ってるだけで本当はどうかわかりませんし、他の解釈も沢山あると思います。でもウチはそう思ったワケですし、上手く言語化出来ませんが、そこんトコのブルースに超惹かれたワケなんすよ。

で…1300文字も書いてやっとこさ本題の『2049』の話になるのですが、さきほどからダラダラ書いたようにウチにとって『ブレラン』の魅力とは「レプリカントの悲哀」みたいなトコロがめちゃんこ大きいんですね。だから『2049』で期待しつつも不安だったのが、そうした「レプリカントの悲哀」が薄まって、あのビジュアルや「ブレードランナー」の設定みたいなガワだけ受け継いだ空虚な続編になるコトだったんですよ。でもね、最初に書いたように超杞憂でした。もうしっかりずっぽりウチの大好きな『ブレラン』でした。『2049』の主人公はレプリカントにしてブレードランナーでもあるKなんですが、このライアン・ゴズリング演じるKがイイんですよね。実に。

前作の主人公だったハリソン・フォード演じるデッカードが割と熱量を感じさせるマッチョな印象だったのに対してKはとても静かな印象です。同族であるレプリカントを処分する時も、警察内部で同僚に「ヒトもどき」と罵倒されてる時も、感情を表わさずに淡々と己の職務を忠実に実行していきます。自分の記憶は後から植え付けられたイミテーションだと理解し自分の名前を形式番号で表す彼は、自らが作られたニセモノの存在で、1人1人がスペシャルである人間とはほど遠い単なるレプリカントであるということを当たり前のように受け入れてます。だからスペシャルである人間とはコミュニケートせず、自分と同じく人間に作られた紛い物の存在であるAIホログラムの「ジョイ」にだけ心を開きます。このKとジョイの関係がまた儚く切ないワケなんですが、ここに触れると更に長くなるのでレッツ割愛。ただジョイ役のアナ・デ・アルマスの可愛らしさはヤバいです。マジヤバいです。

そんなKがある調査を契機に人間とレプリカントの壁を崩し人間社会を崩壊させるような謎に迫っていきます。その過程で彼はある夢を見るようになるのですが……もうね、それがめっちゃ切ないんですよ。ただのレプリカントとして生まれそして死んでいく…そのコトに何の疑問も持つことなく生きてきたKが初めて見てしまった夢。その夢に葛藤する彼の姿がね、泣けるんですよ。

夢を信じてはいけない。でも目を背け振り払うこともできない。ただのイミテーションだと思っていた自分には実は特別な意味があるのかもしれない。レプリカントのKにとってはあまりに蠱惑的で残酷すぎる夢。

そして夢から覚めた彼が最後に選んだ道。前作のファンならココでもう大感動待ったなし。前作のロイとは立場も思想も全く違うKが最後の最後にロイと同じトコロに辿りつく。ここのシーンの前作との対比がね、もう本当に素晴らしいんですわ。前作と同じ名曲「Tears in Rain」が流れる中ラストシーンを迎えるのですが、雨と雪、夜と昼、そして姿勢。全てが前作との対比になってるとウチは思うんですよ。多分この対比はロイとK、それぞれの心境の対比でもあるとウチは勝手に思ってるのですけど、そんなメンドクセーコト抜きでも本当に美しく素晴らしいシーンで、このラストシーンだけでも『2049』はウチの中で大傑作待ったなしになっちゃったワケなんですよ。

あんまりバレなしで書こうと思ったからいつも以上に支離滅裂でふわっとした駄文になりましたが、とにかく素晴らしい作品なので、もし前作ファンで『2049』をまだ観ていない…そんな人はまぁいないとは思いますが…万が一いたら今すぐ本気ダッシュで劇場にゴーすることをオススメします。とりあえずウチは2回観たけどあと2回は観たい。前作ファンにとってはそれくらいはぶっ刺さる作品だと思いますので。マジオススメですよん!!(書きかけで半月放置してた2942文字)